【M-1騒動】島田紳助「そろそろ俺の出番やな…」


島田紳助 (しまだ しんすけ、1956年3月24日 - )は、日本の元お笑いタレント、司会者、作詞家、歌手、俳優、映画監督。漫才コンビ出身でコンビ時代は紳助・竜介のボケを担当。本名、長谷川 公彦(はせがわ きみひこ)。京都府京都市南区出身。1974年から2011年の芸能界引退時まで一貫して吉本興業
90キロバイト (12,819 語) - 2018年12月18日 (火) 09:43



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動画は「島田紳助 引退記者会見」の映像をUPしました🌸

1 Egg ★ :2018/12/18(火) 17:41:35.70 ID:CAP_USER9.net

お笑い界を揺るがす暴言騒動に、ついにこの人が沈黙を破った――。業界を去って7年になる島田紳助(62)である。

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 とろサーモンの久保田かずのぶ(39)、そしてスーパーマラドーナの武智(40)が暴言を吐いた上沼恵美子(63)について、週刊新潮は先週号で“島田紳助が口説いて審査員を頼んだ”というエピソードを紹介した。M-1グランプリを企画し、初回から大会委員長として審査員も務めていたのが、ほかならぬ紳助氏。それだけに暴言を放っておけない事情があるのだ。

「いま、こういう形で上沼さんに迷惑がかかってもうて、ホンマ申しわけない気持ちでいっぱいです」

 記者を自宅に招き入れた紳助氏は、タバコをくゆらせながらそう語り始めた。髪は肩にかかるほど伸びている。

「オレも辞めてからは(上沼と)全然連絡とってませんでしたし、M-1も最近は見てなかったから、ニュース見てあらためて、ずっとやっててくれたんやなって思いました。自分のせいで気分悪い思いをさせてしまって、ホンマ申しわけないですわ」

 そもそも審査員は、誰もやりたがらない、という。

「陰で審査するんやったらみんな出んねんけど、自分が点数出してほかの人のとちがったりしたら、『こいつわかってない』って思われるわけでしょ。『なんでいくらもせんようなやっすいギャラで、こんなことせなあかんねん』と。オレがM-1やってたときは、『この人を当たってくれ』ってスタッフに頼んで、方々にお願いしてたんやけど、もう、個人的にお願いしないと、出てくれないんですよ」

 にもかかわらず上沼が審査員を続けてきたのは、「漫才への恩返しやと思ってやってくれてるんや」。若手が酔って審査員の悪口を言うのはいい、ただしそれは陰で言え、と紳助氏はいう。

「上沼さんのことはオレも気になっててね。オレが謝りに行かなあかんのかなって。もし、上沼さんの悪口言ってた子たちを直接知ってたら、上沼さんとこに謝りに連れて行くんやけど、知らんからどうしようもないな。吉本の会社の人間が間に入ってやらな、どうにもならへんのとちゃいます?」

 ほかにも、M-1の点数公開システムにこだわった理由や、そもそもなぜ創立したのか、そして漫才への思いについても語った紳助氏。12月19日発売の週刊新潮で、詳しく掲載する。

「週刊新潮」2018年12月27日号 掲載

2018年12月18日 17時0分
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/15758015/


(出典 livedoor.blogimg.jp)


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